『ダコタハウス2026』
小山卓治さんは、高校の時から大好きなミュージシャン。
メロディーも好きだけど、情景的で物語的な詞が大好きだった。
小山さんの曲、『1 West 72 Street NY NY 10023』はジョン・レノンとオノ・ヨーコの住んでいた『ダコタハウス』のアドレス。
その『ダコタハウス』は、小山卓治さんの詞を、高校時代の恩師、藤澤一郎先生がリメイクし、それをゴーシ先生が大学時代にもうちょっとハードにリアレンジして演奏していた。
それを今の技術と経験とセンスでリメイク。
『goodbye and why』
英語の女性popを作ってみたく。
あまりアレンジをハードにせず。
『それでは校長先生のお話です』
RAPには全然興味なかったけど、制作してみることにした。
問題はテーマ。
「全校朝礼で校長先生がいきなりRAP歌いだしたら楽しいだろうな、と妄想して。
アレンジは、FUNKに。
『生徒たちはこんなこと思っとります』
『それでは校長先生のお話です』が予想以上に格好よく、思い通りに作れたので、調子に乗ってアンサーソングを作ってみた。
『最後とは知らぬ最後』
原点回帰。楽曲制作活動を再開するきっかけとなったママ唄。
ベタベタな歌詞で、ベタベタなメロディー。サビ頭なんか「なごり雪」っぽい(コード展開が同じなので仕方がない)。
曲を作るときには、普通使わないコードを使ったり、転調したり、何か一工夫したくなるが、それは作り手の論理。
あえてベタベタに。ベタベタの方が、すーっと入ってくることもある。
ゴーシ先生の子ども高2と中3。最後とは知らない最後を数多く経てきた。
ちなみに入院時、内視鏡手術を前に鎮静剤で眠って、万一、そのまま死んでしまったら「最後とは知らない最後」になるんだな、とか思っていたら、子育ては、「最後に一緒にお風呂に入ったとき」とか「最後に一緒に海で泳いだときとか」「最後に一緒に公園の遊具で遊んだとき」とか
「最後とは知らぬ最後」がどんどんと過ぎていってるんだなぁ…なんてあらためて思い。
『A sunflower at the end of summer』
ケルト音楽やインド音楽等、世界の音楽を学びながらいくつか曲を作った。
世界の音楽に挑戦と言うことで、メキシコの伝統音楽マリアチにロックの要素を加え、テキーラ種類や飲みかたの歌詞を作り、スペイン語に変換し、AIで曲作りしたら、スペイン語とマリアチに引っ張られすぎて、ゴーシ先生の感性やメロディーを加える余地がない。
どう考えてもメキシコの音楽にしか聞こえないのでボツ。
マリアチはやめた。
次はフラメンコギターの曲。それにアンビエントなコーラスを加える。
しかもインスト。
『南無阿羅耶』
RAPの曲作りができたので、仏教音楽、お経っぽい楽曲はできないか。
しかもボーカイロイドで。
なんか、新興宗教のテーマソングみたいになった。
『冬の焚火』
ボサノバのような曲を作りたいと思っていた時に
あるブログ記事を読んで胸を痛めて歌詞化。
それをボサノバ的にアレンジ。
しっとりとしたバラードのほうが歌詞が耳に入ってくるのだろうけど
(そのバージョンも作った)
そうすると深刻になりすぎる気がして。
『ピンクフルデイ!』
ソフトバンクホークスのピンクフルデイが目の前で展開されていて
「ピンクフルデイ」ってアイドル曲にピッタリのキーワード
と思って作った曲。
youtubeにupしたら
「It played automatically for me, and I thought its one of those popular songs im supposed to know but I dont, I was so surprised its so underrated」
(自動再生されたんだけど、知ってるはずの有名な曲の一つだと思ったのに知らなかった。こんなに過小評価されてるなんて本当に驚いた。)
との書き込み。
うれしい。
『三振の先へ』
「失敗するのが怖い」「周りに何と思われるか」
等の理由で、行動できない人(特にママ)に対し
三振を怖がってバットを振らなきゃホームランは打てないよ
そもそもバッターボックスにも入ってないじゃん
みたいな、野球をメタファーにしてお話しするときがある。
楽曲の種を探しながら、目の前のドームを見て、気が付いた。
「それ、歌詞にしよう」
ただ、野球によせすぎて
人生の唄と言うより、野球の唄になった気がする。
『みんなの食堂』
係わっている「子ども食堂」のために作った曲。
小学生女子が聞いている曲を聴いて
「こんな感じが好きなんだ~」とそんな要素を盛り込んでみた。
全然、違うかもしれんけど。
佐藤剛史のofficial web
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