『Dream Shot』
バンドでオリジナル曲をやり始めて3曲目くらい。
ベースの太田君から「ゴーシ、シンプルなリフものの曲作ってよ。テーマは夢精。ゴーシ、夢精って英語でなんて言うか知っと~?」とのリクエスト。
作ったのが『Dream Shot』。
歌詞もほとんど覚えていないし、シンプルなメロディーを叫んでいるだけのような曲だった。
でも、歌ものの曲作りしかできなかった自分にとってバンドで曲を作っていくという大きな転換点になった。
それをワンオク風にリメイク。
『息子よ』
父、史朗の死後、手帳の中から出てきた息子である私にあてた詩。
大学3年時、作曲を始めたばかりの頃、曲をつけた。
披露したのは、軽音楽部の定期演奏会1回のみ。
音源も残っていないが、頭にはしっかり残っていた。
『やろうか』
バンドSPOT-Gでオリジナルをやり始め
当初は、私が詞・曲を作り、それをアレンジしていくという形態から
バンドでリフを作り、それに曲と詞をのせるという形態に変化していった。
シンプルなベースリフの曲を作ろうと作った曲。
当時の自分なりに工夫したのが、Aメロで1音下がるコード展開。
常にライブの1曲目を飾ってきた曲。
『でかいの』
SPOT-Gのファンでいてくれた後輩の荘君のために作った曲。
彼は身長が185cm以上あって、とにかくでかかった。
「でかいのをおくれよ、しょうみたいなのをおくれよ」
と詞の中に入れ込んでいる。
『才能』
何かで読んだ「私が求めるものはあなたには大きすぎるわ」という言葉に
ドキッとして作った曲。
自分に才能があるのかないのか不安で
でも才能を信じよう、頑張ろう、いろんなものを捨てても
と思っていた頃の曲。
『Sound Drive』
大分市で行われたYAMAHA「サウンドドライブ」というコンテストで
準優勝を獲得した記念に作った曲。
バンド練習のため新宮にあるスタジオBE-BUPまで
真夜中の3号線を疾走するイメージ。
『富山に気をつけろ』
SPOT-Gの代表曲。
当時、富山君が住むアパートの部屋で
二人でギターを弾きながら飲んでいて
曲を作ろうとなり
「女の子を口説くときどうすると?」と聞いたら
「まず酒を飲ます!」という返事に爆笑し
10分程度でできた曲。
『でんでんむしの散歩』
当時はスピッツとかミスチルとかが流行っていた頃。
「ハードなロックは女子ウケせん!」と
スピッツっぽい曲を作ってみた。
メロディーも詞も相当によせたけど
今聞くと相当に恥ずかしい。
黒歴史。
『一番大切なあなたへ』
女子ツインボーカルバンド「いけないお嬢様」のオリジナル曲。
深夜に大学のプレハブの部室で
河村絹代さんと一緒に作った思い出が詰まった曲。
音源は残っていなかったけど
詞もメロディーも頭に残っていた。
今聞くと、あいみょんみたい。
『田舎暮らし-村人編-』
黒木町の四季彩館に入り浸るようになって
そこでの生活や農業をテーマに書いた最初の曲。
都会の私からすれば「ステキな暮らし」なのだけれど
そこに住む若者からすれば不満も多い。
そんなギャップや葛藤を描いたつもり。
本当は3番まであって、Cメロもあるという長い曲なのだけれど
現代的に短めにリメイク。
『百姓バイブレーション』
筑紫野市の八尋幸隆さんが主宰する「むすび庵」に集う若者で作った百姓音楽団「種」。
その中心の長谷川主水君の曲。
歌もメチャクチャ上手く、3拍子の曲で私には絶対に作れない曲。
『桜の花が風に揺れてる』
八尋幸隆さんの納屋が放火され火事となった。
1人1曲ずつ歌ったCDを作り、その売り上げをカンパしようということになった。
メンバーであるりかちんが歌うために作った曲。
詞は、四季彩館で出会ったBENさん(アウトドアショップ経営だったかな?)。
『田舎暮らし-都会人編-』
BENさんの詞を読んだ瞬間に一瞬でメロディーが降ってきて作った曲。
むすび庵カンパCDにも収録。
当時の私を代表する曲。
『水の器』
むすび庵カンパCDに収録された里川径一君の曲。
彼らしいウクレレソング。
優しいく楽しい曲なのだけれど込められたメッセージは深い。
AIでアレンジしたら「みんなの歌」レベルになった。
『いつかそのうち』
八尋幸隆さんが中心になって詞を書き百姓音楽団種で作った曲。
本来はバラードなのだけれど、私好みにロックにポップにアレンジ。
しかもライブ的。
『いいねライスき』
八尋幸隆さんの代表曲。
いつもむすび庵の例会では、最後にこの曲を大合唱。
『I got more blues-合鴨哀歌-』
四季彩館で合鴨農法を経験し、それをテーマにした歌。
シンプルな3コードの曲。
タイトルが完璧。
四季彩館の収穫祭等で、全員が踊りまくるお祭りソング。
『小さな森を耕して』
四季彩館のスタッフ、盟友、小森耕太君のために作った曲。
小さな森を耕して太る。
『百姓は3つの種をまく』
百姓は3つの種をまく、という言葉と哲学に感銘して作った曲。
当時は、農業の素晴らしさをロックで格好よく表現したいと頑張っていた時期。
『佐波の花嫁』
福吉校区佐波行政区の活性化のために音楽祭をやろうということになり、そのために作った曲。
地元のお年寄りが口ずさめるように、ド演歌を初めて作った。
『佐波の花嫁』(LIVE)
伊都音部の『佐波の花嫁』
ママバンド『ばんざいロード』LIVE
佐藤剛史のofficial web
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